第八十九話:影の病

解説:所謂ドッペルゲンガーのこと。離魂病ともいう。文豪・芥川龍之介も晩年、自分の幽霊を目撃したらしいが、彼の蒐集した話をまとめた「椒図志異」という手帖に、この話が見える。

●北勇治という人が或る日、外から帰ってきて居間の戸を開けると、そこには机に押しかかっている見知らぬ男がいた。誰かなと思い見ていると、それは髪の結い方から衣服・帯まで、自分の後姿を見たことはないが、自分と寸分違わぬ人間だった。
彼が顔も見てやろう、とその人の傍へ歩み寄っていったところ、向こうを向いたまま、障子の少し開いているところから椽先へ出て行ってしまった。追いかけていって障子を開けたが、その頃にはもう何処かへ去ってしまったあとだった。家内にそのことを話すと、何故か物を言わずに眉をひそめたという。
それから勇治は病気になり、その年のうちに死んでしまったという。これまで、三代までが自分の影を見て亡くなったそうだ。

芥川は晩年、「歯車」「凶」など、遺稿も含めて何処か不気味な作品を幾つか残したが、そこには彼の実体験が反映されていたのであろうか。
【参考文献:「芥川龍之介 妖怪文学館」(東雅夫/著、学研)】


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