第六十三話:川獺

解説:かつては日本中の河川に住んでいた哺乳類。正確には「ニホンカワウソ」という。

その親しみ易さの為か、川獺も狐や狸同様、人間を化かす動物であると云われて来た。また、「古今百物語評判」によれば、川獺が年を経て河童になるともいう。

●ある人がこんなことを話した。
「河太郎(河童)とは、一体どんなものなのでしょうか。これは私の女房の実家がある、江州野洲河の近くでのことなのですが、その川辺で子供が泳いでいると、時々いなくなってしまうということがあるというのです。それは河太郎の仕業であるといわれています。私は単に子供が溺れ死んでしまっただけなのだと思うのですが、これはどうなのでしょうか」
すると先生(山岡元隣。「百物語評判」の作者)はこれを評してお答えになった。
「河太郎は、川獺が劫を経て化けたものだ。川獺は七十二候のうちの、「雨水」の時期に魚を祭ると言われるように、良く魚を獲る獣である。その姿は小さな犬のようで、四肢は短く、毛は薄く青黒く、その肌は蝙蝠のようであると言われる。
川獺が変化した例は中国にもある。
これは「太平広記」に載っていた話だが、丁初という者が長塘湖の土手へ行った際、後ろからしきりに呼ぶ声の恐ろしさに身の毛もよだつ思いがしたので、不審に思って振り返ってみると、十六歳くらいの、容貌がこの世のものとは思えないほどに素晴らしい女房が青い着物を着、青い衣笠をさして立っていた。
『あれはどう考えても変化の者だろう』
こう思った丁初は足早に逃げ去り、その時に後ろを振り返ってみると、その女房は湖の中に飛び込んで、一匹の大きな川獺になった。衣笠や着物だと思っていたのは蓮の葉であり、破れ散っていた。
これは川獺が化けた例なので、河太郎もその仲間なのだろう。「太郎」というのは、川辺での活動に優れているという意味である」


そんな川獺も、明治大正期に相次いだ乱獲、そして戦後の開発などにより、とうとう人間の前から姿を消してしまったという。もう江戸時代のように化けて出ることはないのだと思うと、少し寂しくなる。


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