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第六十七話:隙間の女

解説:ある大学生が知人の家に遊びに行った。
しばらく話をして盛り上がっていたが、そろそろ帰ろうとして立ち上がった。すると、友人は
「行かないでくれ」
 と真剣な顔で彼を引き止めた。
「どうしたんだ」
 と聞くと、
「彼女がおまえに行かないでくれ、と言っているんだ」
「彼女?」
 彼は不思議そうに周りを見回したが、友達の彼女はおろか、今夜この部屋にいるのは自分と知人のみである。
「お前の彼女、どこにいるんだよ。いるんなら紹介しろよ」
 彼は冷やかし半分で友人にそういうと、友人は一瞬、部屋の隅の箪笥の方に目をやった。彼もそちらに目を向けた。そして次の瞬間はっとした。

 なんと、箪笥と壁の間の僅か5センチ程度の隙間に、その隙間のサイズと同じくらいの厚さしかない女がいて、彼のほうを見つめていたのである。



 これは近年になって巷で囁かれるようになった妖怪譚である。
 僅か数センチの隙間に棲む妖怪などというと影が薄いように感じるが、その姿に於けるインパクトは絶大であり、だからこそこの妖怪が現代の世に受け入れられたのであろう。また、ストーカー、盗聴など、「常に誰かに見られているかもしれない」という恐怖こそが、この妖怪そのものであるとも言えるのではないだろうか?

 「隙間の女」は現代妖怪であると捉えられているが、都市伝説サイト「現代奇談」や『走るお婆さん』(池田香代子、他/編、白水社)でも指摘されているように、僅かな隙間に潜む女の怪というのは江戸時代の随筆『耳嚢』にも載っている。

●文化年間の頃、下町に房斎という菓子屋がいた。
様々な菓子を思いついてこしらえ、それが殊の外繁盛したが、文化九年八月頃、房斎は数寄屋橋外へ引っ越した。
 ある時、召使の小者が二階の戸を開けようとした。すると半分だけ開いて幾分か開かないので、手で強く叩いて開けようとしたが戸は開かない。この音を聞きつけて亭主が二階へ上がってきて、
「どうしてそんなに手荒なことをするのだ。壊すんじゃないぞ」
 と言ってその戸を開けようとしたところ、少しも滞ることなく戸は開いた。
 また閉める時も、他の召使が上がってきて閉めようとしたが戸は動かない。しばらく経って、強く押したら漸く閉まった。
 翌日、再びその戸を開けようとするのに開かないので、強く押して閉じようとすると、戸袋の間から女が一人現われ出て召使に組み付いてきた。召使は驚き、慌てて突き放すと女は消え失せた。
 そのまた翌日、今度は亭主が、昨日召使一同の目撃した女の単物が軒口に引っ張ってあったのを見つけた。取り除けようとしたところ、それは消え失せた。
 前にそこに住んでいた者も、このような怪異があるので家を房斎に譲ったのだろうか、と人々は語った。

 また『古今百物語評判』によると、『開天遺事』(開元天宝遺事)という書にこんな話が見えるという。

●唐の武三思という人の元に、どこからともなく容貌の美しい女が来て、宮仕えしたいと言った。三思は女の姿形を愛でて召し仕ったが、女はよく歌を歌い舞を踊り、また琴棊書画の道にも暗くなく、よくこなした。三思の寵愛は並大抵のものではなく、客を招くたびに女にもてなしをさせていた。
 その頃、狄仁傑という道徳を兼ね備えた人がいたが、ちょっとしたことから三思を訪問した。三思は仁傑をもてなす為に女を呼び出したが、かの女は何処ともなくいなくなっていた。三思はこれを奇妙なことに思い女を探すと、壁の隙間に平蜘蛛のようになって隠れていた。女は言った。
「私は人間ではありません。庭先の牡丹の精霊です。あなた様があまりに牡丹をご寵愛なさるので人間に変じてお仕え申し上げていたのですが、狄仁傑は徳義の正しい人なので、出ることが出来ずにこうしてここに隠れていたのです」
 と言って消え失せた。

残念ながら、原典の『開元天宝遺事』を確認することが出来なかった。
この描写だけでは隙間がどれくらいなのか、また女がどのような状態で隠れていたのかが判然としない。ただ単に人も入ることのできる比較的幅の広い隙間に隠れていただけで、先の「隙間の女」のように、厚さが僅かしかないということではないのかもしれない。そこには「隙間の女」のような「妖怪性」はないのかも知れない。「隙間に隠れていた」、という点が引っかかったので、ご参考にと紹介したまでである。


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