第八十五話:海の怪

解説:これまでも海に出没する妖怪のことを数回語ってきたが、ここでは海にまつわる怪談を紹介しよう。

●或る三人の若者が海水浴へ行った。
しばらく三人でいたが、そのうち一人が、
「俺、あっちのほうで泳いでくるわ」
と言って、人のいない向こうの海岸へと歩いていってしまった。

それから数時間後、二人は疲れてきたので帰ることにした。そこで先程どこかへ行ってしまった一人を待ったのだが、いつまで経っても帰ってこない。心配なので、二人が探しに行って見たのだが、彼はいなかった。
「どうする?」
「もしかしたらあいつ、先に旅館へ帰ってるかも知れないぞ。俺達も一旦戻ろうぜ」
「ああ、そうしよう」

二人は旅館へ戻った。ところが、旅館の仲居に聞くと、彼はまだ帰っていないということだった。
「やばいぞ」
二人は仲居に頼んで警察に電話してもらい、宿で待機することにした。

すると翌日、警察から電話がかかってきた。
「君達の友達らしい男の子の死体が海で見つかったんだ。よかったら確認に来てくれないか」
二人はそれを聞いて、あわてて旅館を飛び出していった。

「まさかお前が死ぬなんて・・・」
二人は涙ぐみながら、目の前の盛り上がった白いシートを見つめた。端からは白くなった足が二本顔を覗かせている。これが昨日まで元気だった友人であるとは、その時の二人には到底想像出来なかった。
「つらいとは思うが、顔の確認をしてくれるかな」
警察は死体の顔にかかっている白いシートを、死体の顔が見える分だけめくった。
「間違いありません。たしかにあいつです」
「そうかい」
三人は手を合わせた。

と、その時若者の一人が奇妙なことを言った。

「やっぱこの人はあいつじゃないです」
『え、何だって』
警察ともう一人の友人が同時に聞き返した。
「だって、あいつはこんなに背が高くありませんでした」
「言われてみれば・・・」
彼らの友人は同年代の青年達の中でも、比較的背の低い方だった。ところが目の前の死体は二メートルをゆうに越す程の大男である。
「でも顔はあいつによく似てるよなあ」
「だけど背が違いすぎないか?」
二人があれこれ言っていると、警察が、
「これは間違いなく君達のお友達だよ」
と言って、死体を覆っているシートをさっと剥ぎ取った。
「うわあ!」
二人は驚いた。

何と、見知らぬ老婆の死体が、彼らの友人の死体の足首を握っていたのである。


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