第八十一話:鰻の怪

解説:ニョロニョロしたものが怖いと言ったのは、幻想耽美的な作風で有名な漫画家・丸尾末広氏だが、土用の日に食べる美味しい鰻も考えようによっては不気味な存在だろう。引き揚げられた水死体の身体から数十本の鰻が垂れていたという噂話を聞くし、そもそもあのギラギラくねくねしている長い胴体が、この上もなく不気味である。田中貢太郎や岡本綺堂も、鰻にまつわる不気味な話を書いているので、興味の或る方は是非探してみて欲しい。
今から語る話もそんな鰻にまつわる話である。これを聞いて鰻が食べられなくなったと苦情を仰っても、私・雨月妖魅堂は一切関知しないことを先に書いておく。

●音羽屋といった所に住んでいるある町人は、穴に潜む鰻を獲る事が得意で元来魚獲りが好きであった。
彼は水茶屋も営んでいて麦飯やなら茶などを出していたが、ある時一人の客が来て麦飯を食べ、その時、話のついでにこんなことを言った。
「漁をするということであるが、穴に潜んでおる鰻を無理やり釣って引き出すなどひどく罪深いことだ。あなたも釣り道具を多く持っているので釣りもおやりになるのでしょうが、穴釣りなどというものはとても罪深いこと。お止めなさい」
そんな折、丁度強い雨が降ってきた。この奈良茶屋は客の言葉を聞かず、
「穴釣りの時間だ」
といって「どんどん橋」というところに行き釣りをした。
すると、いかにも大きいと言える様な大鰻を獲る事が出来た。彼は喜んで帰り、いつものように調理しようと鰻をさばいた。
鰻の腹の中からは夥しい量の麦飯が出てきた。


オチの分からない方の為に簡単に説明すると、奈良茶屋に来て男の穴釣りを諫めた客こそが大鰻であり、鰻の腹から出てきた麦飯は、先程客の食べたものと同じものであった、ということである。
上の話は「耳嚢」に載っていた話であるが、「鰻」が「岩魚」となっている場合もある。
岩魚の方は僧の格好で村人の前に現われ、村人から出された蕎麦団子を口に運びながら、彼等が行おうとしている「毒流し」(川に毒を流して魚を獲る方法)を諫める。ところが村人達は先の奈良茶屋のように僧の注意を聞き入れず、「毒流し」を行う。その結果淵で巨大岩魚が取れるが、その腹を裂くと、先程僧に出した蕎麦団子が出てくるという話である。


こんなことを語っている私は、これを書いている今日鰻を食べた。


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