拾遺之十七:妖怪だまし

●人間を脅かしたり、時に殺したりする妖怪だが、稀に人間の方が妖怪を欺くことがある。本話は『諸国百物語』に見える、少し間抜けな妖怪譚である。


●京の上立売通というところに万吉太夫という猿楽者がいたが、能が下手糞な所為で身代が衰えてしまった。そこで大阪へ下ろうと思い立ち、枚方の茶屋で茶を飲みながら休んでいるうちに、だんだんと日が暮れてきた。そこで万吉は茶屋の者をつかまえ、ここに一夜の宿を借りたいと言うと、茶屋の返事はこうであった。
「それは構いませんが、此処には夜な夜な化物が来て人を取り殺すので、我らもここには留まらないのです」
万吉はそれでも構いませんと言い、その夜そこに泊まった。すると茶屋の言っていたように、真夜中、川向いから人が川を渡る音が聞こえてきた。見ると丈七尺の大入道である。
するとそれを見た万吉、何を思ったかその坊主にこんなことを言った。
「いやいや、その程度では化けるとは言えぬぞ。まだまだほんの未熟者に過ぎぬわ」
坊主それを聞いて、
「そんなことを仰るが、そちらはどなたか?」
万吉は答える。
「俺は京の化物である。此処にも同じ化物が棲むと聞きおよび、会ってその変化が上手か下手かを見極めようと思ったのだ。もし上手ならば師に、下手なら弟子にしようと思い、ここに泊まることにした」
坊主は万吉の話を聞き終えるとこう言った。
「それではそちらのお手並みを拝見しようか」
「心得た」
万吉は葛籠から能の衣装を出すと、鬼に変装して見せた。
「上手なものだ。それでは次いで女臈に化けて下され」
再び心得た、というと、万吉は女に変装した。坊主は驚きながら言った。
「驚くべきほどに変化の上手いお方だ。今からあなたを師匠として頼み申すこととした。私は川向いの榎の下に棲むきのこであるが、数年この地に住んで人を悩ましていたものです」
それを聞いた万吉、坊主に問うて、
「そちらは何が苦手か?」
という。坊主は答え、
「私は三年物の味噌の煎じ汁が苦手じゃ。そちらはどうか?」
すると万吉はこう言った。
「俺は大きな鯛の浜焼きが苦手じゃ。これを食べれば命の終わりよ」
こうして互いに苦手なものを語り合っているうちに、夜はぼんやりと明けて来た。坊主も暇乞いをして帰った。
その後、万吉は枚方、高槻辺りでこのことを人々に語り聞かせ、皆で相談して、三年になる糠味噌を煎じたものを例のきのこへかけた。するときのこは忽ち縮み上がり、消えてしまった。

その後、化物はでなくなったということだ。


●類話としては、化物が天狗になったりうわばみになったりする。
また化物に成りすました役者が苦手なものとして、小判などわざと自分の好きなものを相手に教え、その後化け物を裏切って相手の苦手なものを化物の巣へもたらす。怒った化物は役者の家へ行き、中へ相手が苦手だと聞いたものを投げ込む。化物は相手がそれを嫌っていると信じている為得意になって投げ込むが、当然効果があるはずがなく、人間側が得をするだけなのである。



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