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第四十二話:牡丹燈籠

解説:三遊亭円朝の「怪談牡丹燈籠」で有名な、日本の怪談話。
もともと中国の怪異小説集「剪燈新話」所収の「牡丹燈記」なる話が原典であり、その後浅井了意が「御伽婢子」でこの話を日本を舞台に書き直した。ここでは多少長くなるが、「御伽婢子」の中の話を紹介したい。



●毎年の七月十五日より二十四日までは盂蘭盆会の棚を飾り、各家でこれを祭る。また、様々な燈籠を作って、祭りの棚、町家の軒、或いは精霊の塚に送って石塔の前に灯す。その牡丹の飾り物、または花鳥、または草木を様々にかわいらしく作って、その中にともし火を灯して一晩中掛けて置く。その様は、これを見る人がそこから去ることも出来ないほど見事なものである。また、その間に踊り子達が集まり、声のいい音頭とりに頌歌を歌わせ、振りよく踊ることは都の町々では皆同じである。

天文戊申の年、五条京極に荻原新之丞という人がいた。
最近妻に死なれ、愛執の涙は袖にあまり、恋慕の焔は胸を焦がし、一人淋しく窓の下、妻の生きていた頃のことを思うにつけ、悲しみは止め処もなくこみ上げてくる。今年の精霊祭りもとりわけ自分の妻の名までが死んだ人の名前の中に入っているんだなあと、お経を読み回向して、外に出たものの遊ばず、友人が遊びに誘っても気が乗らずに門のところに佇んでぼーっとしていた。
いかなれば立ちも離れず面影の 身に添ひながら悲しかるらむ
(なぜだろう。妻の面影が立ち離れずに我が身に寄り添って居るのに、私の心がこんなにも悲しいのは)
とぼんやりと遠くを見つめながら、涙を拭う有様である。
十五日の夜は更け、遊び歩く人はまばらになり、物音も静かになったところ、二十歳ほどに見える一人の美人が、十四、五歳の召使の少女に綺麗な牡丹燈を持たせて、これほどにもと思われるほどに緩やかに過ぎていった。
芙蓉のように鮮やかな淡い紅色をしている目尻、柳のように柔らかで優美な姿、桂の眉、緑の髪は言うまでもなく艶やかである。荻原は月光の下で女を見て、
「これは天女が空から降りてきて人間界に遊んでいるのか、それとも竜宮の乙姫が海から出てきて気分を晴らしているのか、本当にこの女、人間ではないぞ」
と確信し、魂は飛び心浮かれ、自分を押し留めることが出来ず、ひどく感嘆しながら女の後ろに付いていった。
女の前に出たり、後ろに戻ったりしながら女に気付いてもらおうと振るまっていると、西に一町ほど離れたところで、女が後ろを振り返って、
「私は人と約束して待ちわびていた訳ではありません。ただ今夜の月に憧れて家を出てきたものの、思いがけずも深夜になってしまい、帰り道も荒涼として淋しいので送ってくださいませんか」
と言う。荻原はおもむろに進み出て、
「あなたの帰る道は遠いので、こんな真夜中には色々と不都合なことでしょう。私の住む家は塵が高く積もっているような見苦しいあばら家ですが、これも何かの縁、夜をお明かしになるのなら宿をお貸ししましょう」
と冗談を言うと、女は微笑んで、
「窓から漏れる月光を一人眺めながら夜を明かすのが淋しいと思っているところへ、宿を貸すと言ってくださるのは嬉しいことです。情けに弱いのは人間の心ですね」
といって戻ったので、荻原は喜び、女の手をとって家に帰り、酒を出して女の童に酌を取らせて少し飲みながら、傾く月の下で格別素晴らしい言葉を聴くも、
「自分のことを忘れないということが、この先変わらないというのは難しいだろう。いっそのこと自分は今夜限りの命としたいものだ」
と死を口にする荻原の行く末が案じられる。荻原は、
また後の契りまでやは新枕 ただ今宵こそ限りなるらめ
(今後私たちが出会うかどうかは分かりません。今夜が最初で最後の契りとなるでしょう)
 というと、女も即座に、
ゆふなゆふな待つとし云はば来ざらめや かこち顔なる兼ね言わなぞ
(毎晩毎晩待つと言ったら来てくださるのですか。なぜ嘆き顔で悪い予想をするのです)
と返した。すると荻原はますます嬉しくて、互いに解きあう下紐が結んでいるような、女との初めての契り。交わす心も遮るものはなにもなく、睦言も途切れぬ間に、もう夜は明けてしまった。荻原は、
「あなたの住んでいらっしゃるところは何処ですか。木の丸殿云々の和歌ではありませんが、是非教えていただきたい」
と言う。女はそれを聞いて、
「私は藤原氏の末裔、二階堂政行よりも後裔の者です。以前は家が栄えたこともありましたが、時代は移り、我が家もあるかないかという有様になってしまい、細々と暮らしていました。父政宣は、応仁の乱で打ち死にし、兄弟も皆死んで家は衰え、私だけがこうして一人、この召使と万寿寺の近くに住んでいます。名を名乗るのはお恥ずかしく、また悲しいことです」
と語るその言葉は優しく、物腰もはっきりとしていて愛らしい。
ふと空を見ると、既に雲は横にたなびき、月は山の端に没しようとしていて、またともし火は白くなって少しだけ残っている。もうすっかり朝なので、名残惜しくも立ち上がって女は帰っていった。そしてまた日が暮れると現れ、明け方には帰るというふうにして、毎晩毎晩女は約束どおりにやって来た。
荻原は心を惑わされ、何くれの事も判断できず、ただこの女を素晴らしく思い交わり、この契りは永遠に変わらないでしょうと言って女が通ってくるのがあまりに嬉しくて、昼間でも客に会おうとしなかった。
そうしているうちに二十日ほど経った。


その頃、荻原の隣の家に物知りの老人が住んでいた。
あやしいことに毎晩荻原の所から女の声が聞こえてくるので、毎晩歌ったり笑ったりして戯れているのを奇異に感じ、壁の隙間から様子を覗いてみた。すると、なんと灯火の下、荻原と向かい合って座って居るのは白骨である。荻原が喋ると白骨の手足が動き、しゃれこうべは頷いて、口である部分から声を発して話をするのである。老人は非常に驚き、夜が明けるのを待って荻原を呼んだ。
「近頃お前さんのところに毎晩客人があるというが、あれはだれじゃ」
老人はこう切り出したが、荻原は秘密にして一向に語ろうとはしない。老人が、
「お前さんには必ず災いがあるだろう。どうして隠しておるのじゃ。昨晩壁の隙間から覗いたらお前の客は白骨でしたぞ。総じて、人間として生きて居るうちは活気があって盛んで清いのじゃが、死んで幽霊となれば晴れ晴れとせぬ嫌な気が激しく、邪悪な心に穢れるものじゃ。このために人が死んだら身体を清め、穢れを避けることが必要になってくるのじゃ。しかしお前さんは陰鬱とした気を持つ幽霊と一緒に座って居るのにそれを知らない。穢れ、邪悪な妖魅と一緒に寝ていてもそれを悟らない。そんなことをしていたらたちまちのうちに元気を消耗し、精気を吸い取られ、あげくには災禍が訪れ病気になり、それには薬も針灸も太刀打ち出来ないだろう。肺結核になり、まだ生えてきたばかりの若草のような年齢のうちに老い先長く待たないであの世の住人となり、苔の下に埋もれるのは何とも悲しいことではないか」
と言うと、荻原は初めて恐れ驚き、今までのことをありのままに語った。老人は静かにそれを聞いてから、
「女が万寿寺の近くに住んで居るというのであれば、其処に行って尋ねてみるのじゃ」
と言った。荻原はそこから五条を西へ行き、万里小路からいろんなところを尋ね回り、堤の上の柳の林に行き、人に尋ねるも女の住居を知っているものはいない。日の暮れてきた頃に万寿寺へ入って暫く休みながら、浴室の後ろを北に行って見ると、そこには古びた霊廟があった。
近寄って見て見ると、棺の表に「二階堂左衛門尉政宣が息女弥子(いやこ)吟松院冷月禅定尼」と戒名が書いてある。傍には古びた伽婢子(棺の中に一緒に入れる布製の人形)があり、後ろに「浅茅」という名が書いてある。そして棺の前には古い牡丹燈籠が掛けてあった。
間違いなくこれはあの女だと思うと、身の毛もよだつほどに恐ろしく、振り返らずに寺をあとにした。今までの恋もすっかり冷め、女が来るかもしれない自分の家も恐ろしく思った。日の暮れるのを待ちわび、明けるのを恨めしく思っていた心もいつしか忘れ、今夜も女が来たらどうしようかと心配し、隣の老人の家に行って宿を借りて夜を明かした。
「私はどうすればよいのでしょうか」
荻原は憂い嘆いて老人に問う。老人はこう言う。
「東寺の卿公は行学を兼ね備え、しかも験者の名さえある。急いで行って頼んでみるが良い」
荻原は其処へ行き、卿公との対面を果たした。卿公は、
「そなたは妖魅の気によって精気を消耗し、心や魂を昏惑させられている。もし十日を過ぎれば命はないだろう」
と言うので、荻原は今までの経緯を有りの儘に伝えた。すると卿公は護符を書いて荻原に与え、門に貼り付けるように言った。その通りにすると、果たして女は二度と来なかった。


それから五十日の後、荻原は東寺へ行き、卿公に礼拝して酔っ払って帰った。流石に女の面影が恋しかったのだろう。万寿寺の門前近くへ立ち寄り、中をちらっと窺った。すると忽ち懐かしいあの女が現れた。女は荻原に恨み事を甚だしく語って聞かせた。
「近頃契った言葉は薄情なことに、もう嘘偽りになってしまったのですね。最初はあなたの意志が浅くないように見えたので私は身をお任せし、暮に行っては明けに帰り、私たちの中がいつまでも絶える事はないだろうと思って契りを交わしましたのに、卿公とか言うのが無情にも私たちの仲を隔て、あなたの心をよそへ追いやってしまいました。今あなたとこうして再び出会えたのは嬉しいこと。さあ、こっちへお入りなさいまし」
と、荻原の手をとり、門の奥へ連れて行ってしまった。荻原の連れていた男はその様子を見ると、恐怖のあまり逃げ出してしまった。
男は家に帰って皆に事の一部始終を告げた。一同は驚いて万寿寺へ行ったが、時既に遅く、荻原は女の墓に引き込まれ、無惨にも白骨と重なり合って死んでいた。寺の僧はこれを怪しみ、やがて墓を鳥部山へ移した。

その後奇怪な噂が立った。雨が降り、空が曇る夜になると、女と荻原が手を組み、女の童に牡丹燈を照らさせて出歩くというのだ。近隣の住人はこれを恐れた。
これを聞いた荻原の一族は嘆き、一千部の法華経を読んで写経を行い、これを墓に収めて弔った。すると二人の亡霊は二度と現れなかったと言う。


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