第三十八話:人面疽

解説:膝などに出来る人の顔をしたできもの。言葉を喋ったり、ものを食べることもある。
「伽婢子」に典型的な特徴を持った人面疽にまつわる話があるので、ここに紹介しよう。

●山城の国(今の京都)は小椋という所の或る百姓が、久しぶりに患い付いた。
ある時は悪寒発熱があって間歇熱のようであり、ある時は全身が痛んで通風のようで、色々と治療を試みたが効果がなかった。
それから半年ほど経った頃、左の股の上にできものが出来た。その形はまるで人の顔の様であり、それは眼と口があって鼻がなかった。この頃から今までの悩みはなくなり、ただそのできものが痛むということだった。
最初、試しに人面瘡の中に酒を入れると、その瘡は赤くなった。餅や飯を入れると、人がものを食べるように口を動かし、それを飲み込んだ。物を与えると痛みは和らぎ、与えないと痛むという有様であった。
このために病人は疲れて痩せ、肉が痛み、脱力して骨と皮ばかりになり、死が近いような様子であった。そこらじゅうの医者がこれを聞いて集まり、内科も外科も皆治療を試みたが、まったく効き目がなかった。
そんなところへ諸国行脚の修行者が来て言うには、
「このできものは非常に珍しいものだ。これを患ったものは必ず死なないということはない。しかし一つの方法を用いれば、癒える事もあるだろう」
と言う。百姓が、
「この病気が治ったら、たとえ田畑を売り払ってもどうして惜しいことがあろうか」
と言って、すぐさま田圃を売り、その金を修行者に渡した。修行者は様々な薬を買い集め、金属、石、土を始めとして草木までをもできものの口に入れると、できものはそれらを全て呑み込んだ。ところが貝母(ばいも)という草を差し出すと、瘡は眉をしかめ、口を塞いでそれを飲み込もうとしない。そして貝母を粉にして瘡の口に無理やり開き、そこに葦の茎を使ってそれを吹き入れると、十七日でその瘡はかさぶたになって治った。世に言う人面瘡とはこいつのことである。


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