第四十九話:鍛冶が母
解説:昔土佐の野根山という山を、一人の飛脚が超えようとしていた。日の暮れかけた頃のこと、飛脚は一人の女が道端でうずくまっているのを発見した。実は女は妊婦で、丁度陣痛が始まっていたのである。この辺りには狼がいるというのを飛脚は聞いていたため、このままにしてはおけないと思い、妊婦を木の股へ上げて出産を手伝った。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
無事に赤ん坊は生まれた。しかし、ここで安心してもいられなかった。なんと、この辺りに住む千匹狼が血の臭いを嗅ぎ付けてやってきたのである。狼は次々と木へ飛び掛ったが、二人の位置までは届かなかった。そこで考えた狼達は、梯子のように一匹ずつ積み重なって、木に登ってきた。
一番上の狼が二人に飛び掛ったが、飛脚は持っていた脇差でそいつに切りつけた。狼はうなりながら地に落ちる。するとまた別の狼が飛び掛ってくる。それを飛脚がまた切りつける。そうこうしているうちに、木の根元には狼の死骸が堆く積み上げられた。
すると狼の中の一匹がこんなことを言い出した。
「佐喜の浜の鍛冶が母を呼んで来い」
しばらく経つと、一匹の白い大きな狼がやってきた。頭には鉄の鍋を被っている。狼は再び梯子上に縦に積み重なると、それらを段にして、その大きな白狼が登ってきた。そして飛脚に噛み付こうと大きな口を開けて迫ってきた。飛脚は食べられまいと、持っていた脇差を狼の頭めがけて振りかぶった。
「ぎゃあっ」
流石の鉄鍋も割れ、白狼の額に刀が入った。白い狼が地べたに落下すると、他の狼も諦めたのか、四方へ散っていった。
夜が明けると、飛脚は母子のことを通りかかった旅人に頼んで、自らは昨日の白狼の残した血痕を辿っていった。すると、血の痕は佐喜の浜の一軒の鍛冶屋の戸の所まで続いていた。飛脚は戸を叩き、玄関へ入れてもらった。
「あなたのお母さんは元気かな」
飛脚が尋ねると、鍛冶屋は答えた。
「はい。それが夕べ、頭を怪我したとかで、今日はずっと寝ております」
それを聞くか聞かまいかのうちに、飛脚は土足で鍛冶屋へ上がると、奥の部屋で寝ている鍛冶屋の母にいきなり斬り付けた。
「な、なにをするんです」
「あんた気付かなかったのかい。こいつは狼の化けもんさ。昨日俺達を襲ったのがこいつなんだ」
暫く様子を見ていると、鍛冶屋の母の死骸はみるみる昨晩の白狼の姿へと変わっていった。実は本当の鍛冶屋の母は数年前、この白狼に食い殺されていて、それからずっとこの狼が鍛冶の母に化けていたのである。
寝床の床下には、狼の為に犠牲となった人の数多の人骨が残っていた。