解説;小泉八雲の「怪談」で馴染み深い「耳なし芳一」より。
●琵琶法師である芳一は平家の怨霊に魅入られ、夜な夜な武士の霊に誘われて「平家物語」を語りにどこかへ出かける。心配した寺の和尚は芳一が寺を抜け出すのを見受けてからこっそり寺男に後をつけさせる。そこで寺男が見たのは、阿弥陀寺の墓地の中,安徳天皇の陵の前で、鬼火に囲まれながら琵琶を演奏している芳一の姿であった。
和尚は芳一を救うために、芳一の全身に経文を書き、自分が通夜から帰ってくるまで黙って待って居るように命じて出かけた。
果たして平家の亡霊が現れたが、そこに居る筈の芳一の姿は亡霊には見ることが出来ない
「芳一!芳一!」
武士の亡霊はしきりに芳一を呼んだが、和尚の言いつけ通り芳一は返事をしない。その時武士の亡霊は、二枚の耳が宙に浮かんでいるのを見つける。実は和尚が耳に経文を書き忘れたために、そこだけ亡霊の目に留まってしまったのだ。
武士の霊は芳一の耳を掴むと、思いっきりそれを引きちぎった。
芳一は耳を失ったが、この話は瞬く間に巷に流れ、多くの人が芳一の琵琶を聴きに訪れた。そしてこの時から芳一は「耳なし芳一」の名前で呼ばれるようになったという。
●上の話はハーンの「怪談」に拠った。ここではかなり話を簡略化しているので、この話の詳細を知りたい方は是非本書を読んでみて欲しい。
「怪談」の「耳なし芳一のはなし」の原典となったのは、江戸時代の書物「臥遊奇談」である。この本では、芳一は「耳きれ芳一」と呼ばれている。「耳なし」となったのは、八雲の妻節子の記憶違いによるものらしいが、私には「耳なし芳一」の方が恐ろしく感じられる。如何なものであろうか?
また、他のいくつかの怪談集にこの話の類話が見られ、例えば「宿直草」の「小宰相の局幽霊の事」、「曾呂利物語」の「耳切れうん一が事」などが挙げられる。各話は微妙に異なるので、興味の或る方は「江戸怪談集(上・中・下。二つの話はそれぞれ上巻と中巻に所収)」(岩波文庫)などでご確認頂きたい。
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