第二十五話:牛女

解説:小松左京の小説に「くだんのはは」という傑作がある。
簡単なあらすじを紹介すると、戦中の混乱期、ふとしたことからある屋敷に住むことになった主人公が、そこで奇怪な体験をするという話であるが、この小説の最大のクライマックス場面は、あのおぞましい牛女の登場するところであろう。
牛女は屋敷で密かに育てられていて、それは屋敷の女主人が生んだ、彼女の実の娘であった。牛女はその醜い容貌と引き換えに予知能力を持っており、それにより女主人は日本の敗戦を知ったのであった。その後も物語は続き、今度は牛女を目撃した主人公の家庭に、更に恐ろしい災厄が降りかかってくるのである。
「新・耳・袋」(角川文庫)によると、兵庫県にはこうした牛女の伝説が実際にあるという。同書では、例えば空襲の焼け跡で着物を着た牛女を見たとか、小松左京の小説のような奇怪な話が挙げられている。

ちなみに「くだん」とは、「件(人偏に牛)」と書く人面牛体の動物である。
百年に一頭、普通の牛から生まれ、災害の予言をしてすぐに死んでしまうという。人面牛体のくだんの他にも、神社姫なる人面魚が現れコレラの流行を予言したというし、「くたべ」という人面獣身の怪物が悪疫の流行を予知し、その姿を描いたものを持っていればその災いから逃れることが出来ると人々に教えたという。また、本来中国の霊獣であった人面獣身の獣「白沢」の絵が災い除けのお守りとして、江戸の人々に広く親しまれたそうだ。このように、人面の動物が予知能力を持っていると考えられていたのは実に興味深いことである。
くだんは江戸時代に度々現れ、その姿はかわら版にも描かれたほどだったが(くだんの剥製もあるというが、真偽の程は分からない)、実は文明開化がとっくに終わったあとの第二次世界大戦の終わりごろにもその姿を現し、日本の敗戦を予言したという。

もしかしたら件とは、人々の不安の代弁者であったのかも知れない。


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