第六十四話:赤ん坊の首

解説:私も様々な怪談を読み、聞いてきたが、この話は今聞いてもなかなか恐ろしい。私がこの話の恐ろしさを削ぐことなくお伝え出来るかは分からないが、今ここに紹介しよう。

●或る夏の夜、子供達がお寺に集まって何やら話していた。
「肝試しだって?」
「ああ、そうさ。ルールはこうしよう。墓地の中に一つだけ赤い墓石墓があるだろ?その前の蝋燭に火を灯して来た奴が勝ちというのはどうだろう」
「それでいいよ。だけど、怖い思いしてやるんだから、勝った奴には何か賞品をだそうぜ」
「それならみんなで小遣いを出しあって、それを勝った奴への賞金としよう」
「いいぜいいぜ」
話は盛り上がってきた。皆が小遣いを出し合うと、全て合わせて一万円になった。
「これなら肝試しのしがいもあるぜ」
「おう、そうだな。絶対俺が勝ってやるぜ」
「いや、僕だよ」
 早速子供たちが順番を決めていると、どこからともなく赤ん坊を背負った女性が現れた。女性の家は貧乏で、食べていく金もほとんどなかった。そのせいか顔もやつれ、服もつぎを当てたようなぼろぼろの物を着ていた。赤ん坊も青白い顔で、元気がないように見えた。女性は子供達の輪に駆け込むと、こんなことを言い出した。
「私も肝試しに参加させて。この子のためにどうしてもその一万円が必要なのよ」
 子供達は一瞬顔を見合わせ、ひそひそと相談をしたが、やがてその中の一人が答えた。
「いいよ、おばさんも仲間に入りなよ」
 そして女性を含めて順番決めをした。くじの結果、女性が一番最初に肝試しをすることになった。
 手には提灯、後ろには赤ん坊を背負い、女性は墓地に消えていった。

 しばらく行くと、赤みを帯びた墓石が見えてきた。
「これね」
 女性は子供たちに渡されていたマッチで墓石の前の蝋燭に火をつけた。
「これでしばらくは生活していけるわ」
 女性はほっとして帰りの道を歩き出した。
 その時、後ろから急に髪を引っ張られた。女性はひどく驚き、後ろを振り返らずに走った。髪は相変わらず何者かの手で引っ張られた儘である。女性は頭の中が真っ白になり、何も考えられなかった。すると途中に、墓参りの人が忘れていったのだろう、錆びた鎌が落ちていたので、それを手に取り、後ろを振り返らず、その髪をつかむ手に切りつけた。それでも離さないので女性は何度も何度も切りつけた。そして、やっと手が髪から離れたころには、前方に堤燈を持った子供達の影が見え始めていた。女性は鎌を捨てて、一直線に子供達の許へ走っていった。
「行ってきたわよ」
「わかりました。おばさんの勝ちだよ」
 子供が一万円を渡そうとした時、女性の後ろに居た別の子供が今にも泣きそうな声で言った。
「お、おばさん、背中!」
「え?」
女性が振り返ると、背負っていた赤ん坊の首がなく、背中は血で赤く染まっていた。


つまり、女性の髪の毛を掴んだのは自分の赤ん坊で、女性は化物だと思い込み、自分の子供の首を鎌で切り落としてしまったのである。
同様の話として、小泉八雲の「幽霊滝の伝説」という作品があるが、舞台が変わっただけで、「肝試しが提案される>女性が名乗りを挙げる>女性の子供の首がなくなっている」という図式はそのままである。尤も、赤子の首を切り落としたのが正体不明の存在であるという違いはあるが…。
私としては、設定等に聊か無理のあるような気はするものの、先に挙げた話の方が恐ろしく感じる。皆さんは如何だろうか?

また「諸国百物語」にも、上記の話の変型と思われる話が載っていたので、紹介することにしよう。

●紀州の或る里で、侍が五六人集まって夜話をしていた。そのついでにある者がこんなことを言い出した。
「この里から半里ほど行ったところ、山際に祠がある。そして祠の前に川があるのだが、この川に時々死人が流れてくることがあるのだ。誰でもいいが、今夜その川へ行って、死人の指を持ってきた者にはお互いの刀をやることにしようではないか」
彼らは賭け事を始めようとしたのであるが、誰も私が行こうという者はいない。
ところが、その中に欲は深いが臆病な男がいて、
「某が参りましょう」
と言って引き受けた。男は我が家に帰って女房に相談した。
「俺は今日、これこれこういう賭けをしたのだが、胸がどきどきしてなかなか行くことが出来ないのだ」
女房はそれを聞いて、
「もう約束を変える事は出来ないわ。私が行って、指を切り取って来ましょう。あなたはここで留守番をしていて下さい」
と、二歳のわが子を背負い、例の場所へと向かった。
この川の前に一町ほどの森があり、ひどく恐ろしかったが、それを過ぎ、祠の前について橋の下に降りて見ると、話に違わず女の死骸があった。女房は懐から脇差を出し、死体の指を二本切り取って懐へ入れ、森の中を戻って行った。すると上からしわがれ声で、
「足元を見よ、足元を見よ」
と声が聞こえる。女房が恐ろしく思って足元を見ると、藁で包まれた小さなものがあった。手に取ってみると、それは重いものであった。
「そうだ、これは神様仏様が私を御憐れみになり、与えて下さった福に違いないわ」
そう思って女房はそれを持って帰った。
男は女房の帰るのを待ちかね、夜具を着てがたがた震えながら居たが、屋根の上から人二十人くらいの足音がばたばた聞こえてきて、
「どうしてお前は賭けを引き受けたのに、川へ行かんのだ」
と叫んだ。男は一層恐ろしがって、息を殺して竦んでいた。

そこに女房が帰り、表戸をがらっと開ける音がしたが、
「さては、化物が入ったな」
と男は思い、
「うわあっ」
といって目を回した。女房はそれを聞いて、
「私ですよ。如何したんですか」
と声をかけると、男は気付いて喜んだ。
そして女房が懐から指を取り出して男に渡し、
「嬉しいことがあったんですよ」
と例の包みを開けると、中に入っていたのは自分が背中に負ってきた子供の首だった。
「これは、どうしたことだ」
と泣き叫んで、急いで子供を降ろしてみると、我が子の亡骸ばかりがそこにあった。女房はこれを見て嘆き悲しんだが、もうどうしようもなかった。しかし男は欲深い人間だったので、指を持って行って、仲間の刀をもらったということだ。



この話では、子供の首を取るのは化物(原典である『諸国百物語』「賭づくをして、我が子の首を切られし事」の挿絵では、木の上から女房を見つめる天狗の姿が描かれている)である。
どちらの話が先に誕生したのかはよく分からないが、一番始めの話も、ハーンの『幽霊滝の伝説』も、そしてこの話も、先程挙げた「肝試しが提案される>女性が名乗りを挙げる>女性の子供の首がなくなっている」という流れをきちんと踏まえているところが興味深い。

「赤ん坊の首がなくなっている」という部分だけで成り立つ話もある。
以前あるテレビ番組で(番組名、テレビ局は憶えていない)、子供を背負いながら鎌を用いて農作業をしていて、誤って自分の子供の首を切り落としてしまい、それを苦に母親が自殺したという伝説のある心霊スポットを紹介していた。ネットで検索してみたところ、その番組で紹介されていたらしい滝不動とその地名まで特定することが出来たが(どうやら結構有名な心霊スポットらしい)、赤ん坊の首の話に関する情報はあまり得ることが出来なかった。サイトによっては「30年ほど前の話」などと書いてあるところから見ると、幽霊滝の伝説ように昔からある話ではなく、昭和(または平成)になって語られるようになった話らしい。
おそらくそんな事実はないのだろう。場所が滝不動ということなので、ハーンの「幽霊滝の伝説」と混同されていつの間にかそんな話が出来上がったのかも知れない。


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