第九十八話:ネッカチーフ

解説:その少女はいつも首にネッカチーフを巻いていた。

少年はそれが気になって仕方がなかった。彼女がネッカチーフをはずした姿を誰も見たことがなかったのである。登校の時も、授業の時も、勿論体育の時も、彼女の首にはネッカチーフがあった。それほど日常的に、当たり前のように、少女は首にネッカチーフを巻いていたのである。
少年は恥ずかしくて少女にこのことを聞けずにいたが、日頃溜めに溜めていた疑問がとうとう羞恥心に勝り、思い切って彼女にネッカチーフの訳を尋ねてみた。
「ねえ、君って何でいつもネッカチーフを巻いてるの?」
少女はあっさりと答えた。
「中学に入ったら教えてあげる」

長い小学校生活も終わり、二人は同じ中学に進んだ。そして、ある時少年は、再びあの質問をしてみたのである。
「小学校の時からずっと不思議に思ってたんだけどさ、君って何でいつも首にネッカチーフを巻いてるの?」
しかし、彼女からはまたしても答えを得ることが出来なかった。
「高校生になったら教えてあげる」

三年後、二人は幸運にも同じ高校に入ることが出来た。
その頃、彼の少女に対する気持ちの中には、ネッカチーフの疑問以外にもう一つ別の感情があった。それは恋というものだった。
二人は自然と付き合うことになった。或る日デートの最中、彼の頭の中を、数年来のあの疑問がよぎった。彼はふと彼女に聞いてみた。
「ねえ、君って何でいつも首にネッカチーフを巻いてるの?いいかげん教えてくれよ」
彼女は答えた。
「大学生になったら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そうして楽しい高校生活も終わり、また偶然にも二人は同じ大学に通っていた。二人の恋愛関係もまだ続いていた。そして、彼はまたあの質問を試みたのである。
「なあ、もう教えてくれてもいいだろ?何でいつもネッカチーフしてるんだよ」
彼女は答えた。
「私と結婚してくれたら教えてあげるわ」



卒業後、二人はとうとう結婚することになった。
もはや彼にとって、彼女の首のネッカチーフなどどうでもいいことだった。幸せならばそれでいいではないか。彼の頭の中は、今後訪れるであろう、数々の楽しい生活の場面でいっぱいだった。
しかし、一応約束は約束。彼は美しく着飾られた目の前の女性に向かって、あの質問を投げかけた。
「ねえ、どうしていつもネッカチーフをしているの?」
すると、彼女は悲しそうな顔をして言った。
「そうね。教える約束だったわね。あなたと結婚できて嬉しかったわ」
彼女はネッカチーフに手を掛けると、スルリとそれを取った。すると次の瞬間、彼女の首は胴体を離れ、地面にコロンと落ちた。


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