拾遺之十五:亀姫

●泉鏡花の戯曲「天守物語」では、家来の朱の盤、舌長姥とともに城主の首を携えて姫路城を訪れる。今まで何度か書いてきたが、「天守物語」は「老媼茶話」という奇談集からヒントを得て書かれたもので、亀姫の話もやはりあるのだ。


●加藤左馬介嘉明とその子同式部少輔明成が猪苗代城を治めていた頃、城代家老は堀部主膳が勤めていた。その禄は一万石だった。
寛永十七年十二月、主膳が一人で座敷にいると、どこからともなく一人の禿(かむろ)が現れ、こう言った。
「お前は長らくこの城にいるが、今から城主にお目見えをさせる。すぐに身を清め、裃を着て来るのだ。今日、御城主はお前にお礼を請けさせようとのお考えである。敬ってお目見えするのだぞ」
これを聞いた主膳は禿を睨みつけ、叱った。
「この城の御城主は明成様、そして城代はこの主膳だ。この他に城主があろうはずがない。憎い奴めが」
すると禿は笑ってこう答えた。
「姫路のおさかべ姫と猪苗代の亀姫を知らぬか。今、お前の天運は既に尽果て、この先それが改まることはないだろう。みだりに過ぎた言を口にするお前の命運、既に尽きたわ」
そういうと、禿は消え失せてしまった。
明くる春正月元朝のこと。主膳は藩士の拝礼を請けようとして、裃を着て広間に出ると、広間の上段に新しく作った棺桶が供えられ、その側には葬式の道具が置かれていた。またその夜、どこからともなく大勢の気配がして餅をつく音が聞こえてきた。そして正月十八日、主膳は便所で煩い付き、二十日の朝死んでしまったという。
その年の夏、柴崎又左衛門という者が三本杉の清水の近くで、七尺ほどの真黒な大入道が水を汲んでいるのを見た。刀を抜いて飛び掛り、入道に斬り付けると、大入道は忽ち何処かへ消えてしまった。
それからしばらくして、猪苗代木地小屋の者が八ヶ森にて、大きな狢の死骸が腐っているのを見つけた。それからは怪しいことが起こらなくなったという。


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