拾遺之三十四:鬼女


●『伽婢子』にこんな話がある。


丹後の国、野々口というところに、与次という者がいた。与次には百六十余歳にもなる祖母があり、その髪は真っ白だった。与次の祖母は、僧を頼りにして尼となった。ところがこの老婆、若い時から並ぶ者がないほどの、放逸無惨な性質を持っていたのである。
与次は既に八十余歳にもなり、子も沢山いて、また孫も多かった。しかしそれと同様に、その祖母にとって与次は孫であった。そこで気にいらないことがあると、小さい子供でも叱るように与次を責め苛んだのである。しかしながら、それも自分の為を思った上での行いだと思った与次は、孝心を尽くして祖母を養っていた。
またこの老婆、かなりの齢であるにもかかわらず、針の穴に糸を通せるほどに目が良く、人の囁き声をも聞きつけるほどに耳が冴えていた。また、九十余の頃に歯は全て抜け落ちたのにも関わらず、百歳を越えてからは再び元の様に歯が生えてきたのである。世の中の人はこれを不思議がり、子が生まれればこの老婆にあやかろうと、老婆の名を付けてその子を大切に育てたのである。

ところが、この老婆には不審なことがあった。昼間は家にいて麻を紡いでいるのに、夜になると何処へ行くのか、家を出て行くのである。始めのうちは皆も然程に思わなかったが、後には孫も子も怪しがり、とうとう祖母の出て行った跡をつけていくことにした。ところが祖母は立ち戻り、跡をつけてきた者を激しく叱りつけてから、杖を突きながらまるで飛ぶように、速足で歩き去ってしまった。そういったわけで、老婆の行き先は一向に分からなかったのである。老婆の身の肉は落ちて太い骨が浮かび、両目は白い部分の色が碧色に変色していた。また朝夕の食事は至って少ないのにも関わらず、体力は若者も及ぶことがなかった。

老婆は或る頃から、昼間も家を出て行くようになった。そして出かける際には、孫、ひ孫、そしてその嫁に向かってこういうのだ。
「わしが留守の最中、決して部屋の戸を開くなよ。また絶対に窓の内を覗き見るな。もし戸を開けたら、大いに怨むぞえ」
それを聞いた家の者は、皆これを怪しんだ。そこで与次の末っ子が、ある晩老婆のいない留守に、酔いに紛れてこんなことを言い出した。
「婆様が部屋の戸を開くなと仰るのは、如何にも怪しいことじゃ。この留守を良い機に、見てみようではないか」
与次の末子は密かに戸を開け、中を覗いた。するとそこには犬の頭、鶏の羽、幼子の手首、或いは人のしゃれこうべ、手足の骨が、無数にすのこの床の上に積み重ねてあった。末子はひどく驚き、そこから走り去るや、父にこのことを伝えた。
一族は集まり、これを如何しようかと相談していると、そこへ祖母が帰ってきた。部屋の戸が開いているのを見て大層怨み怒り、祖母は両眼を丸く見開いてぎらぎらさせ、口を大きく開けてわななくと、家を飛び出して何処かへ去ってしまった。その恐ろしさは言い様もないものだった。

その後、大江山の辺りで、一人の樵(きこり)がこの老婆に出くわした。老婆は白地の帷子をかいどって、杖を突きながら山頂へと登っていった。その登る様は飛ぶように速く、また猪を捕らえ押し倒している様子を見て、樵は恐ろしさのあまりに身の毛もよだち、逃げ帰ってきたという。
樵の見たのは、紛れもなく与次の祖母である。生きながら鬼となったことは疑いようもない。



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