拾遺之二十二:七歩蛇

●『伽婢子』にこんな話が見える。


●京の東山の西麓、岡崎より南の方に、昔の岡崎中納言の山荘があった。
長い年月に家は荒れ果て住む人もなく、草ばかり茫々と生い茂る地になっていたのを、浦井某という人が買い求めて、新たに家を建てた。
或る人は、
「この土地には昔から妖蛇の怪があり、人が住むことは出来ない」
と言う。しかし浦井はこれを信じなかった。

しばらくして家が建ち、浦井は其処へ移り住んだ。すると三、四尺ばかりの蛇が五、六匹現れ、天井の間を這いずり回った。下僕に命じて捨てさせようとしたが、この蛇が鱗を立たせ、鎌首を曲げながら眼を光らせると、皆恐ろしがって退いてしまう。結局ひどく怪しみながらも、浦井自身が杖を取って蛇を天井から落とし、桶に入れて賀茂川へ流した。
ところが次の日、今度は十四、五匹の蛇が現れた。皆で取り除き捨てると、また次の日には三十匹ほどの蛇が出てきた。取り捨てるにつれて、蛇の数は益々多くなり、しまいには二、三百にも及んだ。大きさは五、七尺ほどあり、白か黒、或いは青斑の体色を持つ。両耳がぴんと立ち、口内は紅のように真っ赤であった。時々龍の様な姿をした足のあるものも現れた。それは日毎に倍増して、取っても捨てても一向になくなる気配はなかった。
浦井は不思議に思い、自ら香を焚き幣を立てて、地鎮祭を行った。
「私はこの地を欲し、幾らかの金を出して買い取った。これからこの土地は私の住むところである。それなのに何故、蛇が湧いて私の暮らしを妨げ、怪事を成すのだろうか。一般に、地神には五帝竜王があるという。それらは各々の司る土地毎に神職を持っていらっしゃるということだが、何故この地にいながらにして、土地の主を苦しめなさるのか。竜王よ、もしご存知ならば、この蛇の怪を早々に御祓い下され。それが出来ないのであれば、それはあなたの力不足であり、また天帝の戒めから逃れる術もなくなることでしょう」
こう書き記して読み上げた。

其の夜、地底から何者かが騒ぐ音がして、その恐ろしいことは際限がなかった。夜が明け様子を見てみると、草叢は一夜のうちに全て枯れ果て、また大きな石が砕け傾いていた。家の者はこれを怪しみ、枯れ草の途絶えている、その石の傾いた場所を掘り返し、石を取り除いてみた。すると長さ四、五寸程度の蛇が逃げていった。その蛇の駆けて行ったところは、青草が枯れ焦げている。
下僕達が追い詰め打ち殺した蛇は、長さ四寸程度、色は紅く、両の耳と四本の足があった。そして鱗の間は金色であり、其の姿は小さな龍のようだった。
人々がこんな奇妙な蛇は聞いたこともない、と話していると、南禅寺の僧が来て云った。
「これは七歩蛇(しちふじゃ)というものじゃ。猛毒を持ち、もし人がこれに刺されれば、七歩歩く間に死んでしまうという。この蛇のことは仏経にも見える」
それ以降、蛇は現われなかった。浦井氏の元に沢山湧いて出たあの蛇は、七歩蛇の精であったのだろう、と語られた。


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