拾遺之二十八:死ねば

●良く語られる現代怪談の一つ。ここでは私の知っているバージョンを。

●あるカップルが真夜中、ドライブをしていた。
ところが、山道を走っているうちに、道が分からなくなってきた。
「どうしようか」
男の方が助手席の女に話しかけるが、彼女は寝ているようだ。男は大きな道に出るために、黙々と運転した。

それから何分経ったことだろうか。男が相変わらず道に迷っていると、横の助手席から、
「そこ右よ」
という声がする。
「なあんだ。起きたのか」
男は言って、分岐点を右に曲がった。
それからも助手席の女は分岐点に差し掛かるたびに、
「右」
「左」
と指図をした。
「お前、この辺に詳しいのか?」
男が尋ねたが、女は返事をしない。
(俺が道に迷ったから、怒ってんのかなあ)
そう思いながら車を走らせる。

ところが、女の指図に従うにつれて、どんどん山の深い方へ入っていくような気がする。男は心配になり、
「おい、本当にこっちでいいのか?」
と尋ねるも、女はやはり無言のままである。仕方なく、怪しく思いながらも彼女の指図に従うことにした。
辺りには木々が生い茂り、道はすでにアスファルトではなくなった。しかし女はこの道だという。すると、
「まっすぐ行って」
女が言う。男はアクセルを踏む。
「まっすぐ」
車は草木を掻き分けて、獣道のような山道を走った。その時、
「危ない!」
男はブレーキを強く踏んだ。車は物凄い悲鳴を立てて止まった。
「ひぃ、危ないところだった」
男が急ブレーキをかけたのも無理ない。車の先は、断崖絶壁だったのだ。タイヤは地面と空の境を踏んでいた。
「おい、お前のせいで死ぬところだったぞ!」
男が助手席の女を見て怒鳴ると、女はあくびをしながら言った。
「ちょっと、急ブレーキかけたみたいだけど、なにがあったの?」
「なにがあったのじゃねーよ。お前だろ、この道まっすぐ行けって言ったのは」
「ちょっとちょっと、私何も言ってないわよ」
「え!?」
「だって、私今まで寝てたのよ。どうすればあなたに指図出来るのよ」
「じゃあ、さっきまで俺に指図していた女は・・・」
二人が青白い顔をしながら震えていると、何処からともなく、



「死ねばよかったのに」




次へ進む>>

<<玄関へ