第二十四話:早太郎

解説:遠州(静岡県)は見付村にて、毎年白羽の矢が立った家の娘を人身御供として神に捧げるという慣わしがあった。
或る年も例外なく娘は選ばれた。そんな折、一人の僧がこの村に訪れた。人を食らう神のことを不審に思った僧は、神の正体を見届けてやろうと様子を見ていると、果たして例の神と思しき大きなものがやってきて、
「信州の早太郎はいないだろうなあ、奴には知らせるな」
などと口走って娘を浚って行った。
僧はこれ以上犠牲を出さぬ為、必死で早太郎を探し回った。始め僧は、早太郎が人間であると思っていたが、実は、早太郎とは信州の光前寺という寺で飼われている一匹の犬であった。僧は早太郎を借りると、すぐに見付村へ引き返した。
村では祭りが行われ、また娘が一人犠牲になるところであった。生贄は棺に入れて社へ置くことになっていたが、僧は娘の代わりに早太郎を棺に入れて社に供え、その様子を密かに窺っていた。すると案の定神は現れた。しかしそれは神ではなく、年老いた大狒狒だった。狒狒は、
「信州の早太郎はいないか、早太郎には知らせるな」
と歌いながら、木棺の蓋を取った。しかし、そこに居たのは狒狒が怖れて止まない早太郎。早太郎は狒狒に飛び掛り、そこで狒狒と早太郎との壮絶な戦いが繰り広げられた。そして狒狒のすさまじい叫喚とともに、辺りは静かになった。
翌朝村人が駆けつけると、そこには大きな老狒狒の死体だけが残っていた。一方早太郎は深手を負いながらもやっとの思いで光前寺に辿り着くと、一声吼えてそのまま息を引き取った。
その後、僧は早太郎の供養にと大般若経を書写し、それを光前寺へ奉納した。
【参考サイト:「宝積山光前寺」 URL:http://www.kozenji.or.jp/


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