第二十六話:皿屋敷

解説:「ある家の下女十の皿を一つ井におとしたる科によりて害せられ、その亡魂よな/\井のはたにあらはれ、皿を一より九までかぞへ、十をいはずして、泣叫ぶといふ。此古井は播州にありとぞ」(『今昔画図続百鬼』)

荒涼たる深黒の夜、陰火の灯る井戸の中から殺された娘の亡霊が現れ、一枚足りない十枚組の皿を数えていく。
このような怪談を聞いたことのない者はそうはいないだろう。
この「皿屋敷の怪」は播州姫路、江戸五番町の他、日本各地に分布している話である。鳥山石燕はこの於菊の幽霊を「皿かぞへ」なる題の画で表現しているが、菊を幽霊ではなく、妖怪現象または妖怪そのものとして捉えた風にも思える。
また「絵本百物語」では、菊が身を投げたという井戸の付近に発生した、「於菊虫」なる妖蟲のことが書かれている。その虫は縛られた女性のような格好をしていて、姫路では土産として売っていたそうだ。ちなみに、その虫の正体はジャコウアゲハの蛹であるということだ。
皿屋敷の怪談は全国各地にあるが、ここでは有名な、江戸の「番町皿屋敷」の怪談を紹介しよう。


●江戸に青山主膳という火付盗賊改が居た。
ある時、主膳は或る盗賊を処刑したが、この盗賊の娘が菊だった。彼女は主膳に引き取られ、主膳の屋敷で奉公していたが、主膳はそんな菊に思いを寄せていた。しかし菊の方にはそんな気はなく、また主人の正妻の目も気にしてか、主膳が言い寄って来るのをひたすら拒み続けていた。

そんなある日、菊は主膳の大事にしている皿を落とし、十枚あった皿の内一枚を損じてしまった。

主膳は怒った。

日頃菊が自分の思い通りにならない恨みもあったのだろう。主膳はお菊の手を掴むと、その中指を切り落とし、激痛に苦しむ菊を空き部屋へ閉じ込めてしまった。菊は一瞬にして深い悲しみの底に突き落とされた。
その夜、お菊は部屋から逃げ出した。そして屋敷の庭に古井戸があるのを見つけると、そこに飛び込んで死んでしまった。

次の日、お菊の姿は屋敷になかった。しかし古井戸のそばにお菊の草履が揃えてあり、主膳は大体の事情を掴むことが出来た。下女といえど、自分の屋敷の中で自殺をしたとなれば体裁が悪いので、考えた主膳は菊を病死したことにして届け出した。

その後、主膳の妻が子供を産んだ。
ところが主膳は子供の手を見て驚愕した。右手の中指がなかったのである。主膳は菊のことを思い出し、背筋が寒くなる思いだった。
怪異はこれだけに止まらなかった。何と例の井戸にお菊の亡霊が現れるという。
菊の亡霊は皿を数えた。自分が指を切られ、主人から酷い仕打ちを受けるきっかけとなったあの十枚の皿を。しかし、その中の一枚は菊が生前割ってしまっていたのである。
「一つ、二つ、三つ・・・・・・・・・・・・・九つ・・・・・・一つ足りぬ・・・・・・ううっ、ううっ」
お菊の亡霊が現れるようになってから、奉公人は皆逃げてしまい、主膳は主膳で家事不取締で役を追われ、青山の家は廃れてしまったという。

屋敷が朽ちた後も菊は現れたが、伝通院の了誉上人がこれを成仏させたという。その除霊方法が何とも変わっている。
了誉上人が菊の出るという井戸へ赴くと、話に違わず皿を数える菊の亡霊が現れた。
「一つ、二つ、三つ・・・・」
菊は皿を数えて行く。そして、
「八つ、九つ…」
九枚数え終えたところで了誉上人は叫んだ。
「とぉっ」
すると菊の霊は喜びながら成仏して行ったということだ。


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