×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


●器物百怪夜行ノ図●



入り口


第九十九話:九十九神

解説:名前からして、九十九話目には丁度いい妖怪であろう。
九十九神は付喪神とも書くが、これは器物の精である。器物は百年を経ると精霊がやどり、このつくも神になるという。針供養、自動車供養、人形供養などは、この「つくも神」信仰が残っている証拠であり、また変わった例では、円谷プロがウルトラマンに倒されてきた怪獣達を供養するために主催した「怪獣供養祭」なども、怪獣人形の供養という点ではこれに通じるものがある。

九十九神については、「曾呂利物語」にこんな話がある。

●伊予国の出石というところに山寺があった。里から三里の場所である。

その寺は、建てられてから二位という人が自分だけの寺として使っていたが、いつのころからか、この寺に化物が出るようになって僧を連れ去ってしまうということだった。その後、度々別の僧を置いたものの、皆悉く化物に取られてしまっていた。
そして今や主のいない寺となってしまったので、建物は崩れ、霧が煙のように立ち込め、扉は落ちてしまい、八月には常住の灯火を掲げるなどと言っていた。
そんなところへ関東から足利学校で学んだという僧が訪れた。僧は二位氏のもとに来ると、その寺の住持になることを望んだ。二位氏はこんなことを言った。
「寺には誰もいないので住持になる事は一向に構いませんが、この寺はこれこれこういった訳があり、一時も耐え忍ぶことは出来ないでしょう」
すると僧はこう返した。
「だからこそ、私は進んであの寺に行ってみたいのです」
二位氏は僧の言うことを全く承知しなかったので、僧は強引にその寺へ行ってみた。すると実際に長い年月、人が住んでいなかった為に荒れ果てているその様子を見て、僧は本当に変化の物が住んで居るのだろうと感じた。

夜になった。しばらくすると門のところから、
「お話したいことがあるのだが」
と言っているものがある。さては二位の者が使いをよこしたのだな、と思っていたところ、寺の中からどこともなく、
「どれ」
という声がする。それに対して門に居るものはこう答えた。
「えんよう坊はご在宅か。我らはこんかのこねん、けんやのはとう、そんけいが三足、こんざんのきゅうぼくで御座るが、御見舞い申し上げようと思い参上した次第で御座る」
すると寺からえんよう坊が出てきて仲間に会い、いろいろともてなしてからこう言った。
「皆もご承知の通り、生魚も久しく絶えてなかったのだが、今日不思議な者が一人、ここに来ておる。皆におもてなしするものとしては不足なかろう」
すると化物の一体が興に乗り、僧に向かってこう言う。
「客人とは真に珍しいものもあるものじゃ。来てくれたこと自体がまず何よりのおもてなしですじゃ。夜と共に酒盛りをし、お前を喰ってやるぞ」
僧も覚悟していた事であったが、化物の餌食になろうとは実に悔しいことである。

ところで、先程化物の名字を確かに聞いたところだが、まずえんよう(円揺)坊というのは丸瓢箪に違いない。こんかのこねん(坤家の小鯰)は未申の方角にある河の鯰、けんやのはとう(乾家の馬頭)は戌亥の方角にある馬の頭、そんけい(巽渓)の三足とは辰巳の方角にいる三つ足の蛙、そしてこんざんのきゅうぼく(艮山の朽木)とは丑寅の方角にある、古い朽木の倒れたものであろう。
あやつらの様な物の怪はどんなに劫を経たとは言え、どれほどの物だと言えるのだろうか。僧は芯に鉄を入れた木の棒をついて持ってきた。あの棒を使って、どいつとも一打ちで勝負を決めてやろうと思いながら、僧は大声で言った。
「お前達の正体は見破ったぞ。前の住持達は、お前たちの正体が分からなかった為に死んでしまった。しかし私は先代の住持達とは一味違うぞ。手並みの程、お前たちに見せてやろう」
そうしてあの棒を取り出し、ここでは打ち倒し、向こうでは追い詰め、丸瓢箪を始めとして、皆一打ちで打ち壊し、四匹の物の怪を散々に打ち砕いた。その他の家来の妖怪達――徳利、割れたすり小鉢、欠けたざ鉢、擂粉木、足駄、木履、御座切れ、味噌漉し、竹ざる、竹ずんぎり――も、数百年の劫を経てその形を変え、僧につきまとって来たが、あの棒で打たれてどうして無事でいられようか、一つ残らず打ち砕かれて捨てられた。
夜が明けて二位の使いが来たが、僧は無事であった。そして二位氏自らが寺へ行き、僧に尋ねてみると、僧は昨夜の出来事を詳しく語った。二位は、
「彼こそ本当の智者だ」
と言って、この僧を中興開山(廃れた寺を蘇らせた開祖)にした。
この寺は今でも絶えておらず、仏法繁盛の霊地となった。


まさに九十九神百鬼繚乱と言った趣の話である。棒で器物の怪を次々と打ち砕いてゆくという僧もかなり印象に残るものがある。
また、妖怪の名前自体がその正体を暴くための謎々であるところは、現代の妖怪である「あぎょうさん」などに通じるものがある。あぎょうさんも名前に隠された自分の正体を暴かれてしまうことにより、妖怪としての魔力を失ってしまうのだ。


<<玄関へ