拾遺之一:怪物前夜

●怪談が生まれるのは何も伝説や民話の中ばかりではない。文学の世界から思いもよらぬような奇抜な物語が登場することも十分あり得るのだ。現代では、紙の上から生まれた怪談がそこから一人歩きし、都市伝説の世界で猛威を振るうことも珍しくなくなった。
この拾遺の祈念すべき一話目は、或る二体の怪物の誕生秘話である。


●1815年五月、ジュネーヴにあるレマン湖畔のディオダディ館に五人の男女がいた。その中の二人は詩人であった。
ある夜のこと、詩人の一方がドイツの怪談集『ファンタスゴマリア』を座の人々に読み聞かせ、こんなことを提案した。

「私達もこんな怪談を作ってみようではないか」

かくして怪談競作は始まった。


●ところが提案した詩人は作品を投げ出し、もう一人の詩人も創作を放棄したため、結局作品を完成させたのは二人だけだった。その二人とは、医師のポリドリ、そして詩人パーシー・シェリーの愛人メアリーだった。

ポリドリが書いたのは『吸血鬼』という作品だった。
この作品は、ディオダディ館にいた五人の内の一人である大詩人・バイロンの断章を元に書かれたものであった。あのドラキュラが登場する七十年以上前に生まれた吸血鬼・ルスヴン卿は、文学に於ける吸血鬼の先駆者として、その生みの親と共に怪奇文学の歴史に名を残すこととなった。

一方のメアリーが書いた作品はというと、ポリドリの『吸血鬼』よりもずっと長い、長編作品だった。怪物というと悪いイメージが付き纏うが、作中の怪物は吸血鬼のような生まれつきの絶対悪ではなかった。
怪物は人間に作られた。
その身体は穢れた屍体の繋ぎ合わせであり、その魂は神の手を煩わすことなく人間の手のみによって作られたものだった。そしてその醜い容姿の為に創造者に見捨てられ、人々からは謂れのない迫害を受けた。
やがて優しき怪物は、自らを作った人間を憎むようになる。
創造者の家族、友人、そして婚約者を殺害し、真の悪魔となっていく怪物。全てを失った創造者は怪物を追いかけ世界中を巡り、やがて悲しい最期を迎えることになる…。

作中、この不遇の怪物には最初から最後まで名がなかった。
後年この怪物はスクリーンの中でそのおぞましい姿を晒し、世界中の人々を恐怖させることとなるが、銀幕の住人となったこの怪物には皮肉にも、彼が尤も憎んだその創造者の名、即ち『フランケンシュタイン』という名がつけられた。

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