拾遺之十三:猫と南瓜

●猫にまつわる怖い話の中でも、とりわけその結末の巧妙さで優れたものと言えばこの「猫とかぼちゃ」の話だろう。


●ある旅人が一軒の宿へ逗留している折、そこでは度々、宿泊客のために用意しておいた魚がなくなるということがあった。誰か盗った者があるはずだが、泥棒が名乗りを挙げる訳でもなく、魚を持って行った者は依然として分からない。
そこでその旅人が魚を置いてある戸棚を一晩中見張ることにした。
時は草木も眠る深夜である。男が重たい瞼に耐え忍んでいると、部屋の戸を開ける者がいた。
(さては泥棒のお出ましかな)
息を凝らしてその正体を見届けると、なんとそれは宿の主人が飼っていた一匹の猫だった。猫は旅人が見ているとも知らぬ様子で戸棚をすっと開けると、そのまま中の魚を咥えて持ち去ってしまった。
(そうか。猫の仕業だったのか)
旅人は夜中の一部始終を主人に語って聞かせた。二人が話をしているそばで、当の猫は自分が魚泥棒だという話を興味なさそうに聞いていた。

その夜のこと。若者は寝床の中で何者かの気配を感じていた。枕に凭れた首を少し動かしながら、また両の目をきょろきょろさせながらその正体を探すと、部屋の梁の上に二つの玉がきらりと光る。何だろう、と奇妙に思い、よくよくそれを見つめれば、それは魚を盗んだあの猫の目だった。梁上に猫がいるのだ。
光るものはそればかりでない。男は猫の口元の、秋刀魚のような長細い物体を見落とさなかった。
(包丁だ!)
旅人がそれに気付くや否や、猫のマアアアという低い鳴き声とともに、天上から男目掛けて包丁が降って来た。包丁は間一髪男の身体を貫き損い、蒲団にスタと突刺さった。
「こいつ、何しやがる」
猫は主人に告げ口した旅人を憎んでいたのだろう。そこで寝ている夜を見計らって寝所へ忍び込み、梁から包丁を落として旅人を殺そうとしたのである。猫は梁から飛び降り、畳の上に上手に着地すると、障子の隙間からぱっと外へ飛び出していく。負けじと男も飛び出す。逃走虚しく、猫はすぐに男に捕まってしまった。男は自分を狙った猫を殺し、その亡骸を宿の庭へ埋めた。

それから一年ほど経った頃、旅人は再びあの宿へ訪れた。顔見知りの主人は男を見るとこんな話をした。
「実は面白いものが採れたんですよ」
「ほう、面白いものとは」
「実はこれなのです」
そういって主人が持ってきたのは、一つの大きな南瓜だった。しかし妙なことに、今は冬である。冬至に南瓜は欠かせないが、だからといって寒い冬に南瓜が実るはずがない。
「主人、これはどこで」
「はい。これは今朝宿の庭で採れたものです。実はあなたのいらっしゃる前、或る日突然庭の土中から目が吹き出、蔓が広がり、仕舞にはこうして大きな南瓜の実が成ったんですよ」
旅人は嫌な予感にさいなまれた。一年前のあの猫のことを思い出していた。
「南瓜が冬に成るなど世にもありえぬことです。かような怪しげなものは食べぬがよろしいでしょう。ご主人、どうか私をその南瓜の生えて来たというところへ連れて行って下さい」
二人は宿の庭へ出、未だ南瓜の蔓の残るその場所へと向かった。その場所とは、不思議にも一年間、男が猫を殺して埋めたところであった。
「地下に何かあるに違いない。掘ってみましょう」
南瓜の根元を掘っていった二人は、そこで見つかるべきものを見つけ、そして絶句した。


南瓜は死んだ猫の眼窩から生えていた。



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