拾遺之八:猿の話
●或る村で二人の惨殺死体がみつかった。
二人はその村に住む夫婦であり、死体を見つけた村人も良く知る者達だった。
死体は凡そ、人間業ではないような惨たらしい方法で痛めつけられていた。それは体中、何か猛獣にでも襲われたかのように咬み傷だらけで、血まみれで、異様な臭気が立ち込めている、という有様だったのだ。
二人には生前子供がいた。元気な可愛い男の子で、二人は息子をひどく大事にしていた。
ところが、幸不幸は誰にもはかり知ることは出来ぬもので、ある時、二人が畑へ行った際に、とんでもないことが起こった。
息子がいなくなったのだ。外へ行ったのかもしれないと考えた夫婦は、野に山に分け入って、必死で我が子を探した。しかし息子はとうとう帰って来なかった。それからも夫婦は毎日のように息子を探したが、やはり見つけることは出来なかった。
それからしばらくした頃のことだ。夫婦が悲しみに暮れていると、外で何か物音がする。二人が玄関を出ると、そこには一匹の猿がいた。山から迷い込んできたのだろうか。それにしても、良く人に慣れた猿である。普通ならば、人間がこうして近寄ってくれば、すぐに逃げてしまうものだろう。
二人はそんな猿が可愛くなり、家に入れて育てることにした。それはあたかも、いなくなった息子の身代わりのようだった。
猿はとても利口だった。始めは人懐っこい以外は普通の猿だったのだが、人間に飼われている為か、徐々に人間らしくなってきた。教えてもいないのに人間と同じものを欲し、人間と同じように振舞った。流石に喋ることはなかったが、夫婦はそんな猿を可愛らしく思った。
ところが、夫婦はあることに気付いた。猿の嗜好が消えた息子のそれと全く同じであることに。事実、猿は息子の気に入っていた玩具を欲しがったり、息子の好きなものを好んで食べたりと、息子の真似でもするかのように何もかもが息子と似ていた。始めはそれを可愛らしく思っていた二人だが、やがてそれは気味悪さへと変わっていく。二人は思っていたのだ。息子を攫い、殺したのが目の前にいるこの猿なのではないかと。猿は本当に、息子の身代わりになったのではないかと。それを知ってか知らずか、猿は無邪気に、息子の好きだったおもちゃで遊んでいた。
それからすぐだった。二人が惨殺死体で見つかったのは。
猿の行方は誰も知らない。