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拾遺之三:食屍鬼

●今となってはもう昔の出来事になってしまうかも知れないが、昭和初期のことである。
彼は或る山間の中学校で勉強する生徒だった。中学校は家から遠いため、彼は学校の寄宿舎で暮らしていた。一人部屋では無論なく、五人の友人との相部屋だった。

そんな友人の中に、一人変わった男がいた。名を仮にKとしておこう。
それは或る日の夜のことだった。真夜中、彼が目覚めると、隣に寝ていたKがいなかったのである。何処に行ったのだろう。彼はしばらく起きていたものの、いつまで経っても帰ってこない。そのうちこちらが眠くなってしまったので、その夜は諦めて眠った。
翌朝、Kは何事もなかったかのように戻って来ていた。彼は悪いと思いつつ尋ねた。
「おい、昨日の夜どこ行ってたんだい?」
Kは一瞬目を大きく見開いたが、次の瞬間にはいつもの穏やかな顔に戻って、
「ああ、便所へ行ってたのさ」
と落ち着いた口調で言った。
しかし、また別の夜もKはいなくなっていた。彼が夜中起きるたびに、Kの寝床はもぬけの殻だった。
「おかしいぞ。あいつ、こんな夜中に何やってんだろう?」
彼は決めた。次の夜にはKを尾行することに。

夜が来た。
彼は寝たふりをして、Kが寝床から出て行くのを監視していた。やがて他の四人が寝静まった時、Kは部屋から出て行った。彼はそのあとを追って、部屋を出た。
Kは外に出た。彼もそれを追って外へ出る。今、月明かりの下に、二人の影があった。
Kは何と、中学校の近くにある墓場へと入って行った。その様を見た彼は、見てはいけないものを見たと一瞬後悔したが、ここまで来ては引き返すことなど出来ない。Kを追いかけて墓場へ入って行った。
Kが足を止めたのは、最近出来たばかりの新しい仏の墓だった。村の若い娘が結核で亡くなったのだ。
Kは辺りをきょろきょろと見回してから、仏の埋まっているところの地面を掘り返した。手も寝巻きも土まみれにして、それを気にすることもなくKは土を掘り返していく。
やがてKは桶を掘り出した。
その汚れた手で桶の蓋を開ける。中には、まだ腐敗の進んでいない、うら若い乙女の亡骸があった。Kはそれを抱きかかえて桶からだすと、地面へぽいと放り投げた。そして懐から何かを取り出す。
(あれは、ナイフか!?)
月明かりを反射してナイフがきらりと輝く。そしてその輝く切っ先を、死骸めがけて振り下ろした。
(わっ、何をする!)
彼は一瞬叫びそうになったが、何とか我慢することが出来た。
Kは薄笑いを浮かべながら、少女の亡骸を切り裂いた。地面にはいつの間にか水溜りが出来ている。昼間にこの光景を見ていたら、おそらく彼は卒倒していたことだろう。闇がその色を隠してくれたおかげで、かろうじて立っていられるのだ。
やがて、Kは屍体の懐から何かを取り出した。月の光によってぎらぎらと輝いている。生きている人間のものならば動くもの、すなわち心臓である。Kはそれに恍惚とした眼差しを向けると、自分の口へゆっくりと近づけて行った。
もうさすがに見てはいられなかった。彼はその場から逃げるように立ち去った。逃げる彼の後方で音がする。


「くちゃくちゃくちゃくちゃ・・・くちゃくちゃくちゃくちゃ・・・」


その音が何なのか、彼には見なくても分かっていた。彼は寄宿舎に戻ると、頭から蒲団を被って気を静めていた。


どれくらいの時間が経ったであろうか、日はまだ出ていない。
彼は先ほどの光景が頭に浮かび、眠れなかった。
「まさかあいつが、死体を食べていたなんて・・・」
彼には先ほどの光景が、まだ夢のように思えた。美しい少女の亡骸、煌くナイフ、不気味な友人の笑顔、夢にしてはあまりにはっきりしすぎている。
「ガラガラッ」
その時、誰かが部屋に入ってきた。Kだった。
手足は土にまみれ、口には・・・兎に角、彼の見たものが夢でなかったことを十分に証明していた。
Kは扉から尤も近い友人の蒲団へ行きしゃがむと、眠っているその男の顔に耳を近づけた。そして何かを得たように立ち上がると、

「こいつじゃない」

そう言って次の蒲団へ移った。
(まずいぞ、俺が見ていたことがばれたんだ!)
。もしあの光景を見ていた者ならば、息が荒いはずである。
Kは一人一人の寝息を聞くことによって、先ほど自分の姿を見ていたのが誰であるか、知ろうとしていたのだった。

「こいつじゃない」
「こいつじゃない」
「こいつじゃない」

やがてKは彼の元へ来た。彼は寝たふりをし、目が開かぬよう思い切り閉じていた。Kの顔が彼の顔寸前の所まで来ているのが、息遣いと空気を伝わる体温で十二分に分かった。彼の心臓は恐怖で高鳴り、冷や汗が寝巻きを濡らす。
(はやく行ってくれはやく行ってくれ・・・)
するとKは立ち上がったようである。彼が目撃者でないと判断したのだろうか。
(助かった)
彼は薄っすらと目を開いた。すると、

そこには鬼のような形相をしたKが立っていて、彼を見下ろしていた。右手には血に濡れた先のナイフを持って・・・そしてこう言った。


「みぃーたぁーなぁー」




●彼の叫び声を聞きつけ、先生や他の部屋の生徒が駆けつけた。何人かが暴れるKを抑えると、部屋を出てそのまま何処かへ行ってしまった。

翌日、Kは東京の病院に入院した。そして一年後、Kが病院の屋上から飛び降り、亡くなったという話を別の友人から聞いた。
その男によると、Kは重い病気に罹っていたそうだ。医者にも見離され、ひどく悩んでいたところ、人間の心臓がその病気に効くというようなことをKに言った者がいたらしい。まさか本当にそんなものが効くはずはないだろうが、K自身はそれを信じ、実践したのだった。


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