拾遺之三十:千々古

●『太平百物語』に見える話である。


●在る城下で起こった出来事だという。
大手御門の前に、毎晩ちぢこという化け物が出るという噂があった。日暮れになると、行き交う人々はちぢこを怖れ、裏の御門の方へ回って用を済ますという有様だった。
ところが、その城に仕える者の中に、小河多助という怖いもの知らずの若者がいて、ちぢこを見届けるために夜中、密かに大手御門の前へと出かけた。あちらこちらと覗っていると、果たして人の噂の通り、千々古の化け物が現われた。その姿をよくよくみると、形は毬のようであり、地に落ちては宙に上がり、東西を走り回ったりと良く動き、そのたびに何か音がする。
多介(原文表記ママ)は不思議に思いながらも、心静かに様子を見定め、何事もないかの様子でその辺りを行き過ぎようとした。すると、化け物は多介の前後を飛び上がったり下がったりし、やがて多介の頭にどおっと落ちてきた。すかさず刀を抜き、素早く斬りつけると、化け物は地に落ちた。
多介はすぐさま化け物に飛び掛り、捕まえて膝の下に敷いてから、声高らかに叫んだ。
「噂に言う、千々古の化け物を仕留めたぞ!皆の者、出合え出合え」
周りに住む人々が「お手柄で御座います」と言いながら、堤燈を灯して現われた。そして化け物の正体を見ると、それは化け物ではなく、本物の毬だった。中を引き裂いてみると小さな鈴が入っている。多介を始め、これを見た人々はあきれてしまい、遂には大声で笑い合った。

後々聞くと、千々古の怪は或る馬鹿者の企んだことであった。両方から縄を張り、毬を宙に結いつけて、夜な夜な人々を脅かしては巫山戯ていたという。



●江戸時代の百物語本には、正統な化物譚ばかりではなく、こうした「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の句を表すような、まぬけな話も数話は収録されていた。これは怪を語った後に、本物の怪異に遭わぬようにとの工夫であると考えられる。たまにはこんな笑い話もいいものではないか。


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