拾遺之七:忘れ物

●或る小学校に、よく忘れ物をする男の子がいました。
学校で使う教科書から筆記用具、体操着、集金のお金、そして宿題と、凡そみんなが考え付く殆どの持ち物を、この男の子は一度ならず何度も家に置いてきたものです。
これには周りの大人も見て見ぬふりは出来ないもので、男の子は先生やお母さんに度々注意されました。しかし、いくら注意されても男の子の忘れ癖はなおりませんでした。
お母さんは困り果ててしまいました。そこで息子が忘れ物をしなくなるような秘策はないかとあれこれ考えました。
すると、お母さんの頭に一つの考えが浮かびました。

それは、「忘れ物帳」でした。

忘れ物帳は、こんな使い方をするものでした。
まず、学校で先生から言われた持ち物をそれに書き留める。次に、家に帰って前日のうちに忘れ物帳を確認、持ち物を揃える。そうすれば忘れ物はなくなるはずです。
しかし、それでも忘れ物をしてしまった場合はどうでしょう?その時は、忘れ物帳に忘れてしまった物を書留めて、次からは絶対忘れないようにと、男の子に気をつけさせるのです。

数ヶ月が経ちました。
どうやらお母さんの作戦は功を奏したようです。
「忘れ物帳」を作ってからは、男の子の忘れ物は嘘のようになくなりました。初めの頃は慣れないせいもあって、度々忘れ物をしていたものですが、忘れてしまったものをノートに書き留めると、次からは忘れることはありませんでした。そして、とうとうクラスで一番の忘れ物王は、学校一忘れ物のない生徒となったのです。

そんな或る日のことです。
その朝、男の子は寝坊してしまい、大急ぎでした。男の子はさっさとご飯を食べると、ばっと玄関のドアを開けて外へ飛び出して行きました。横断歩道を渡り、中々渡ることの出来ない開かずの踏み切りを渡れば、あとちょっとで学校です。
ところが、踏み切りを渡ったところで男の子は重大なことに気付きました。
「あ、忘れ物!」
忘れ物帳のおかげで慣れてしまったことも手伝ってか、男の子は昨夜、忘れ物帳を確かめることをしませんでした。明日の朝やればいーや、という気持ちがまた忘れ物をつくってしまったのです。
「どうしよう。せっかくわすれものがなおったのに、また先生におこられちゃう」
男の子は、忘れ物を取りにいく決心をしました。それにはまた開かずの踏み切りを渡らねばなりません。
(かんかんかんかんかんかんかんかんかんかんかんかん・・・・・・・・・)
やはり黄色いポールは下がっています。ところが、シグナルが鳴っているにも関わらず、電車は中々来ません。男の子は我慢出来なくなりました。
ポールの下を潜るのは小柄な小学生にとっては簡単なことです。男の子は難なく踏み切りに出ました。男の子がぱっと顔を上げると、その真横には電車の巨大な顔が迫って来ていました・・・


それから一年後、男の子の家にはお父さんとお母さんしか住んでいませんでした。居間には、男の子が居た時にはなかった、新しい小さな仏壇があります。そして、そこには嬉しそうな顔をした男の子の写真が飾られていました。
あの日、男の子は電車に轢かれて亡くなりました。線路脇には今でも花束が飾られています。
お父さんとお母さんはしばらく泣いて暮らしましたが、やがて涙も枯れ果ててしまいました。いつまでも泣いているのはあの子の為にもよくない。二人は自分達の気持ちを整理するため、一年前からそのままだった、男の子の部屋を片付けることにしました。
息子が死ぬ間際まで身に着けていたぼろぼろのランドセル、使われて短くなった鉛筆、これらを見るにつけ、枯れ果てたはずの涙がまた溢れ出しそうになります。

と、その時、お母さんが一冊のノートを手に取りました。それはあの思い出深い「忘れ物帖」でした。
お母さんが懐かしそうにそれを眺めます。これのおかげで息子の忘れ物はなくなり、これのために息子は死んでしまった。複雑な気持ちになりながらも、お母さんは次々とページをめくっていきました。
そして最後のページになりました。お母さんが紙の上に目線を落とすと、そこにはこう書かれていました。





わすれもの、ぼくのからだ








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