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雨月物語序


●羅貫中は「水滸伝」を書いた後、子孫三代に渡って口の聞けない子が続き、紫式部は「源氏物語」を著して一たび地獄に落ちたというが、これは嘘の話を真実とでっち上げて書いた業が、己の身に迫った為であろう。
 しかしそうは言うものの、彼らの書いたものを見てみると、それぞれが予想もつかないような面白い場面を描き、鳥の囀ったり止んだりするような文章のめりはりは迫真ものであり、また文章の抑揚に秀でていて、十分に読者を共感させるものである。それは正しく、現在の事実を大昔の世に目撃しているようである。
 今、私にはたまたま、この太平の世で語るのが相応しいような無駄話がある。口から言いたい放題にそれを吐き出してみると、まるで雉が鳴き龍が戦うかと思われるほどに世にも奇妙な物語である。自分でもいい加減なものだと思う。つまり本書を読む者は、始めから本当にあった話などとして読むようなことはないのである。始めから嘘だと分かっている話を私が書いたとして、どうして羅貫中や紫式部のように業に対する報いを受け、兎口で鼻のない子孫が誕生すると言えるのだろうか。
 明和五年の晩春、雨が晴れ、月がおぼろにぼんやりと輝く夜、窓の下で編成してこれを書肆に託した。そして本書を「雨月物語」と題した。剪枝畸人ここに記す。

子虚後人 遊戯三昧



※「序」の部分は、原文では漢文となっている。
※赤い部分は、原文では印。


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