拾遺之三十三:竜石

●魚石と呼ばれるものがある。
これはその名の通り、中に魚が入っているという石で、しかも魚は生きているという。多くの場合、自然に転がっている魚石は、見かけ上ただの石に過ぎないが、置いておくと水分を発するものもあり、見分けられる人には見分けられるようだ。中に魚が入っているので、丹念に石の表面を磨いていけば、やがて中に入っている水の光が透き通り、魚が泳ぐ様が見られるという。生きている魚が入っている石など信憑性に乏しいが、それでもこの話を信じたくなるのは、やはり透き通った石の中に泳ぐ魚という、そのイメージの美しさの為だろう。

 さて、ここまでは魚の入った石のことを述べたが、もし石の中に入っているものが龍だとしたら如何だろう。これから紹介する話は『耳嚢』によった。こんな石を手に入れたとして、あなたはそれを持ち続けたいと思うだろうか?


●江州に石亭という、裕福な農民が居た。この石亭には名石を集める趣味があり、『雲根志』という奇石を記した書を彼が著したことは、誰一人として知らない者がいなかった。
 或る年、一人の行脚の僧が石亭の元に泊まったところ、石亭の愛ずる石を見ているので、
「あなた様も珍石をお集めになられるのか」
 と尋ねたところ、
「私達は行脚の僧である故、この上更に石を貯めるなどということは致しませぬが、一つの石を拾い、常に荷の中に収めてあります。それといって不思議なことはありませぬが、水気を生じるので気にいっているのです」
 これを聞いた石亭は、元来石に執心する者であったため、僧に強く頼んでその石を見せてもらった。すると、色が黒く、拳一握りほどの形の石であった。窪んだところには水気がある。
 石亭の感心は限りないものだった。
「御僧のお望みのものならば如何なるものでも用意致します。どうかその石を私に譲って頂きたい」
 石亭が丁寧に頼むと、僧は言った。
「愛石とはいっても、私も僧の身です。とりわけ執着しようとは思いませぬ。私に打舗(うちしき)でも拵えて下さるのであれば、お譲り致しましょう」
 石亭は大層喜び、金襴の打舗を拵えて僧に与え、その石と交換をした。

 さて、不思議な石を得た石亭は、それを机の上の、硯の上に置いた。すると清浄な水が硯に満ちて、その様は例えようもないほどに奇妙なものである。石亭は石を厚く寵愛した。
 そんな時、一人の老人が石の様をまじまじとみて言った。
「このように水気を生ずる石には、だいたい蟄竜(さいりゅう。地中に住む竜のこと)が入っておる。もしそれが昇天でもしたら、大変なことになるだろう。どうか遠くへ捨てられよ」
 しかしながら、石亭にとってこの石は、最も愛するものであったため、決してその意見に従おうとはしなかった。
 ところがある曇りの日、空が冴えない時に、この石の内から夥しい水蒸気が噴出した。石亭は大変驚き、いつか老人の言ったことを思い出した。そして村の年寄りや近隣の者を集め、
「遠い人家のないところへ置いて来るのだ」
 と言った。ところが、その席にいた一人の者が言う。
「そのような怪しい石ならば、どのような害を成すか分かったものではない。焼き捨てるのがよい」
「それは出来ぬ」
 石亭はそういって、皆と一緒に石を人家から遠く離れたところにある一宇の堂社に行き、そこへ石を納めて帰ってきた。
 ところがその夜、風雨雷鳴の最中、堂中より雲が起こり、雨が激しく降るかと思うと、そこから昇天するものがあった。その後、堂に来て見ると、石は二つに砕け、堂は竜の昇天したかのように壊れていた。村の人人はそれを見て、奇異の思いを抱いたのである。また、その節石を焼くべきだと発言した者の家は微塵に砕けてしまっのだと、人々は語った。


●基本的に人畜無害な魚石に対して、この竜石は何とも物騒である。しかも石を焼くように提案した人物にまで崇りが及んだというのだ。

もし、水気を発する不思議な石を見つけたとしても、用心した方が良い。それはもしかすると、竜石なのかも知れないのだから・・・。


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