拾遺之二十一:まめつま

●小松左京の短篇に「まめつま」という、その名もずばりの作品がある。
読後、後を引くような怖さに凄みのある名作だが、この作品の中で赤ん坊の夜泣きの原因とされているのが、この「まめつま」である。作中人物の言葉を引用させて頂くと、
「子供や赤ン坊だけに見える、小さな魔物だよ。――小さな小さな、豆粒のような侍の姿をしていて、夜中になると、それがたくさんでてきて、赤ン坊の枕もとで、小さな刀をぬいて、ちゃんちゃん斬りあいをやるんだよ。赤ン坊は、それを見て、おびえて泣くんだけど、おとなには見えないのさ」
ということである。小松氏はこれを母から聞き、作品に用いたそうだ。

「まめつま」について書かれた随筆はないか、と調べてみたが、なかなか該当するものはなかった。
そんな時、平田篤胤の『仙境異聞』を読んでいたら、偶然にも「まめつま」に関する記述があった。ここからは天狗を見たという少年、仙童寅吉の言葉を借りるとしよう。


●「豆つま」と云うものはお産の時の穢物や胞衣から出て来、その人の生涯に渡って怪しい行いを成すが、とりわけその人が小児の時に禍いをなすものである。
その姿は四五寸程度であり、人の形と異なるところはない。甲冑を着て太刀を帯び、槍や刀などを持ち、小さな馬に乗って沢山の豆つまが座上に現れ、合戦を始める。この時太刀のぶつけ合う音などが聞こえ、また甲冑も人間の着ているものと違わず、光り輝いて大層見事な、面白いものである。
この他にも様々な業を成して小児を誑かし悩ませるが、何かを手にとって打ち払えば座敷に血の跡を残して消え失せる。
これを度々見たことがあったので、師に尋ねてみると、師はこんなことを仰った。
「それは豆つまというものだが、お産の時の穢物、または胞衣から成るものである。この穢物をしまう時、一緒に精米を入れて納めれば出てこないだろう」(※原文注;豆つまは丑寅の方角からも来る。またお産の穢物は鎌鼬にも化すという。)


●さらに篤胤は付記として、こんなことを書いている。

●豆つまの話(聊斎志異にもある)は実に奇談たるものであるが、古書に思い当たる記述がある。これは今昔物語に載っていた話である。

「或る人が片違えをして下京へ渡る折に、幼児を連れて行った。ところが、片違えのために泊まった家に霊がいることなど、この人は知らなかった。(※原文注;昔、片違えという俗信があったことは、全ての人が知っている。昔は人が棄てていった家が所々にあったので、この人はその空き家に片違えに行ったのである。また、『今昔物語』の選者は霊と記したが、そこに居たものは幽霊ではない。寅吉の説に拠れば、これこそが『豆つま』である)
「その夜、幼児の枕元に火を灯し、その脇に二三人ほどが寝ていた。真夜中、乳母が目を覚まして幼児に乳を与えていると、塗籠の寝室の戸を僅かに開けて、五寸ほどの男達がやってきた。それが十人ほど、装束を着て馬に乗り、幼児の寝ている枕元を渡り歩く。恐ろしく思った乳母は、悪霊避けの為に撒く米を掴んで投げつけた。すると、その歩いていた者達はさっと散って去っていった。後後見ると、打ち撒きの米一粒一粒に血がついていた。このことから、幼児の側には、必ず打ち撒きの米を置くべきである」

この事は『古史伝』の大殿祭(おおとのほかい)の項に見える。ここでは、『貞観儀式』に殿内や御門に米を撒き散らしたという事が見えるとされている。また『延喜式』という書物にあった大殿祭の祝詞の注釈には、「今の世では出産に用いる部屋に米を撒き散らす」と書いてある。
この二つの記述を一緒に引いてはみたものの、唯散米の功が書いてあるばかりで、馬に乗って現れたものが何であるかについては考えも及ばなかった。しかし、今初めて「豆つま」というものを知り、散米がその妖を消すために行われたものであると知ることが出来たのは、実に寅吉のおかげである。
私の産みの母は九十歳あまりで亡くなったが、幼児を養う母親に、
「子供の枕元には常に精米を忘れずに置け」
といつも仰っていた。それはこの故事を聞いていた為であろう。児を持つ人は、産屋に散米すること、胞衣を納める土器に米を入れておくこと、児の枕元に精米を置くことを忘れてはならない。
また、屋代翁がこんな考察をしている。つまり、豆ツマの「ツ」は助詞であり、本来は「豆ツ魔」であるという。その姿の小さいところから付けられた名ではないかということだ。これも有り得る話であろう。


●ちなみに文中の「片違え」とは陰陽道の俗信の一種で、何処かへ行く際、天一神(なかがみ)の居るという方角を避けるため、吉方の家に一泊してから方角を変えて目的地に行くというものである。
この現代語訳は岩波文庫の『仙境異聞・勝五郎再生記聞』を底本としたが、子安宣邦氏の注によれば、この記述こそが「豆つま」に関する最初のまとまったものであるという。
また、小泉八雲に「ちんちん小袴」という作品がある。武士の格好をした小さな人間が、だらしのない娘の前に現れて、
「ちん・ちんこばかま 夜も更け候う お静まれ、姫君!や とん とん!」
と歌いながら娘をからかうという話である。この小人達の正体は、娘が使って片付けなかった楊枝が化けて出たものだったが、この「ちんちん小袴」も豆つまの類なのだろうか。

●参考文献;


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